NO.37  

2018.3.4.

 

OPEN

SESAME

 

 

HOT DARC PRESS

 

ホットダルクプレス

 

 

 

ダルクへの道のり  text by トシ

 

 私は約10年間の受刑生活を経て、熊本ダルクへ辿り着きました。それまではダルクの存在さえ知らず、17歳で覚えた薬は数々ありますが40年の道のりで、今は大分ダルクに落ち着き2ヵ月目に入ります。受刑生活後、熊本ダルクで110か月ほど通所をしておりましたが、女性問題が発覚し急きょ大分ダルクへ昨年の12月に入寮しました。現在は同志と共に回復への道を諸先輩の足跡を辿り、クリーン2年のバースデーを迎える事が出来ました。まだまだ続く険しきこの道、ハイヤーパワーからの力を頂きながらのこの世。薬物問題が私にとってマックスな時には、金も無く頭の中は薬とお金の事だけでした。そんな時に母が入院しました。すぐに面会(お見舞い)へ足を運びました。母に思いやりの言葉をかけながら、一方でしめしめと母の財布から23万位を抜き取り薬代に変えました。その後同じような悪行を何度も繰り返しました。今振り返れば、人間じゃない行いをしたと感じられる様にもなってきました。

 精神病院には17歳の時に入院し、40歳まで2030回の入退院を繰り返しました。体の調子が良くなり退院して又薬を使う。太ったからと言って薬を使い、身も心も疲れ果てた私でした。 入退院を繰り返しながらもパートナーもでき子供にも恵まれたのですが、DVで又どん底からの出発です。その後、ある事件を起こし10年もの服役。ダルクとは服役中に出会い(薬物離脱指導)へと導かれ初めて光がさした感じでした。刑を受けながらでも立ち直る事が出来たのも刑務所のおかげ。あの時にダルクに出会ってなければ今の自分は存在しません。ダルクの皆さんありがとう。私の人生は今、前へ前へと進んでいます。薬なしの人生だからです。仲間は皆、断酒断薬の道を生き続けています。私の人生は心が決めるものです。正直、素直、謙虚、感謝…。この寒い心にダルクの皆さんは、心のマフラーを差し伸べてくれています。今は幸せです。皆さんありがとう。

 

 

スタッフさとしの業務日誌

私は、現在も寮にお世話になり仲間と共の生活をしています。日頃は、周りの仲間からは、いびき、寝言、トイレの音、毎晩のお経の声、色々と聞こえてきて、うるさいなぁ~と思う事、結構ありました。

ですが、先日生まれて初めてインフルエンザにかかった時、感染を防ぐ為に3日間、誰にも合わない、話さない生活をしました。寂しさからか、日頃は、うるさいなぁ~と思う事がよくある仲間たちを、私とした事が、とても、恋しく思ってしまいました。どんな仲間たちでも、私には、必要なのだと気付かされました。なので、今日だけ、少しだけ優しく接してみようと思いました。

 自分事ですが、ダルクのスタッフになりまして5年目を迎えることになりました。これまで、沢山の仲間との出会い、別れ、再会がありました。回復は、難しいと思えた仲間が別の土地でスタッフをしていたり、別のダルクで回復をしていたり、再度入寮して回復に取り組んだり、服役していたり、さまざまです。皆、それぞれ幸せを願い生きている様に感じます。上手く行かない事の方が多い今日この頃ではありますが、今後も仲間の回復を応援して生きたい思いです。

 

 

ごあいさつ

 この冬は寒い日が多く、特に雪国の方は降雪で大変な思いをされている事でしょうが、

皆様いかがお過ごしでしょうか。ようやく花粉の飛ぶ頃になりましたが、新年のごあいさつをしておりませんでした。

皆様、明けましておめでとうございます。本年も大分DARCをよろしくお願い申し上げます。ごあいさつが遅くなり大変申し訳ありません。

 平成30年、大分DARCの活動も21年目を迎えましたが、特段新たな野望などはございませんが、これまで通り、回復の道を歩む仲間たちや、ご家族に寄り添える存在であり続けたいと考えております。また誌面でもご報告させていただいた出前セミナー活動を継続し、県内のまだつながっていない仲間にメッセージが届くように活動していきます。それが私たちの回復にもつながります。

今年もお願いさせていただく事が多いかと思いますが、ご支援・御協力のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

特定非営利活動法人 大分DARC

施設長  鈴永 貴博

 


  20周年フォーラム版

OPEN

SESAME

 

 

20年ノキセキ!

 

 本日はお忙しい中、お集まり下さりありがとうございます!この20年、大分ダルクが活動を続けてこられたのは、ひとえに皆様方のご支援・ご指導のおかげと心より感謝申し上げます!これからも薬物依存に苦しむ方たちにメッセージを運び続けます!今後とも、ご指導・ご支援をよろしくお願い致します!

 

 

HOT DARC PRESS

 

ホットダルクプレス

 

スタッフサトシの物語

私が薬物(覚醒剤)を使い始めたのは、15歳の春でした。あの初めの一回からその後 27年もの間,薬物を使い続けてしまうなど当時の私には知る由もありませんでした。薬物との出会いは、先輩からのすすめでした。その当時の私は悪さをする事でしか、自分の居場所や存在価値を見い出すことが出来ませんでした。薬物の恐ろしさなど私には関係ない、何時だって止められるし私自身が薬中になるとは夢にも思いませんでした。
 その当時、中卒の私には将来の不安、社会の厳しさ、親との関係など今思えば誰にだってあるような悩みがありました。誰にも相談出来なかったけど、薬物を使っている時だけは悩みから解放された様な気がしました。使い始めて直ぐに薬物のとりこになった私でしたが、24歳の時、運よく結婚することが出来ました。愛する家族のため、薬をやめる事を何度も固く誓いました。 しかし、いつも 3ヵ月後には使っていました。本気で止めるつもりだったのに、止めたい思いと使いたい思いが自分の中でいつも戦っていました。結果、結婚生活は直ぐに終わってしまいました。私はひとりになり、皮肉にもまた、覚醒剤を自由に使える環境を手に入れてしまいました。

その後10数年間、逮捕されるまで止める事無く毎日使い続けました。35歳で逮捕された時は、不安と同時に助かったとも感じました。毎日薬代をかき集めるために、犯罪や親不孝を繰り返していましたので、その事から解放された安堵もあったんだと思います。

一度目の服役中にダルクのことを知りました。兵庫県の刑務所でのダルクミーティングに参加しました。当時の私はミーティングに参加しても正直な話は出来ませんでしたが、薬物を止める手助けをしてくれる人達が社会に居る事という事に勇気づけられました。私も今後の人生は、薬物無しで生きたいと思う様になりました。

刑務所の薬物離脱指導で再使用しないテクニックを教えてもらいました。例えば使っていた所に近づかない、薬仲間と縁を切る等々です。出所後、一人でそのテクニックを試しました。しかし少し止めれても、止め続ける事は出来ませんでした。当時はダルクに行かなくても止めれる気がしていました。意思と根性で止めてやる!使ったら死ぬつもりでした。しかし飲酒がきっかけで再使用してしまいました。精神力では薬物依存症は治りませんでした。スリップした私には死ぬしか残された道ないと独りで思いつめていました。

そんな時母から「ダルクに行ってみたら?」と提案されました。生きなさい、と言われている様にも聞こえました。地元のダルクのビルの前まで行ったけれど私には敷居がとても高く感じました。使っている自分を受け入れてもらえるか?まだ使いたいという思いも正直あって、結局その時は足がすくみ、扉を開く事が出来ず引き返しました。数日後、私は死のうとしても死にきれず、薬を使った罪悪感を無くしたい一心で指を切り落としはじめました。夜中の2時に、実家の近くの幼稚園の正門で、雨の中出血多量で倒れていたようです。気が付くと精神病院の隔離部屋で小さい穴から食事を入れられ、何の薬か分からない薬も処方されていました。あの時ダルクの扉を開いていたら、私の指ももう少しは残っていたと思います。退院後 2度目の服役が待っていました。自分の力で覚醒剤を使い続ける事も止める事も出来ない、生きる事がどうにもならなくなってしまった瞬間でした。

 2度目の服役は佐世保刑務所でした。そこでダルクの方が薬物離脱指導に来られ、何ともゆるーい感じで「出所したらコーヒーでも飲みに来てよ~」と言われました。私の中のダルクの敷居が少し低くなりました。出所当日、実家に帰るかダルクに行くか道は二つありました。でも独りでは生きていけなくなっていた私には、ダルクに助けを求めるしかありませんでした。出所した足で地元のダルクに向かい、今度は扉を開く事が出来ました。それが今から5年前の事です。ダルクに通うようになり自分が薬物依存症だと気付かされました。それまでは止めたくても止めれない、刑務所に2度も服役しても薬物依存症という自覚はありませんでした。家族を裏切り、薬を選んだ私の行為も病気だと思えて少しは救われました。

今は、大分ダルクの職員をさせて頂いております。3年間仕事として関わらせて頂いておりますが、1年目2年目と感情を出し過ぎてしまう事も非常に多くあったように思います。いつも怒っていたような気がします。今も時々怒っていますが、そんな時は施設長が良く話を聞いてくれています。お陰で以前よりはこれでも穏やかになった方だと自分では思っています。刑罰や意志や根性で、一時の断薬は出来ました。でも回復の列車に乗れたのは、そこにダルクがあって、そこに仲間が居たからこそだと思います。まだ薬物問題で苦しんでいる方々は沢山おられます。ダルクに繋がっていれば回復していくチャンスは必ずあります。気軽訪ねてください。いつでもお待ちしております。

 


ひらけごま! NO33

 OPEN

SESAME

タイトル:やるときゃやるぜ! 解説: 11月のとある近所の海岸にて。普段は波が穏やかな海ですが、この日は台風でサイズアップ!軽く海遊びに来ただけにウェットスーツも無い中、サーフィン好きの仲間が海パン一丁で入水。みんなの回復を見守るダルク犬「ちくわ」の背中も心配そうです!この後、仲間は無事生還しましたが、唇が紫色になりちくわ君にお説教を喰らったとか、喰らわなかったとか。

 ごあいさつ

 今年も残すところあとわずかとなって参りましたが、OPEN SESAME!をご覧下さっている皆様、いかがお過ごしでしょうか。いつも大分ダルクをご支援下さりありがとうございます。 大分ダルクの年末年始は恒例のクリスマス会や餅つき、初詣にスノーボード、温泉フェローシップとレクレーションが盛り沢山の予定です。街が活気づき、気忙しいこの時期は、特に薬物の欲求が入りやすくなったり自己憐憫に陥りやすくなったりしますので、仲間とシラフで楽しむ年末年始を経験してほしいと思っています。 今年一年を振り返ると良いことも良くないこともありましたが、皆様の支えのおかげでなんとか乗り切ってこれました。新しくつながった仲間がいる反面、途中で去っていく仲間もいました。社会復帰した仲間もいれば、ダルクに戻ってきた仲間もいます。2月には先行く仲間が天国に旅立ちました。大分にも度々メッセージを運んでくれた、佇まいが最高にかっこいい偉大な仲間でした。その反面と言いますか、5月、私事ではありますが、かねてから交際していた女性と入籍をし、結婚式を挙げさせていただきました。人生初、クリーン10年目でしたが、ダルクの仲間たちや普段お世話になっている方々にもたくさん祝っていただき良き日となりました。熊本地震の少し後でした。 喜怒哀楽というように、シラフで人生と向き合うと色んなことが起こるということを学ばせてもらっています。良い事も良くないことも。また来年もダルクに集う仲間たちと、今日一日を共に歩んで行きたいと思います。 今年一年、大分ダルクをご支援下さり本当にありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。良いお年をお迎え下さい。感謝。

NPO法人大分DARC

施設長  鈴永 貴博

 

Merry Xmas & Happy New Year

 

 大分県知事より感謝状をいただきました!これまで支えて下さった方々、ダルクで共に歩んできた仲間たちの功績だと思います!ありがとうございました!

 学校へ行こう!

 大分ダルクでは、学校の薬物乱用防止教育での講演を行っております。体験談を通して薬物の恐ろしさを知っていただくことで、注意喚起を行っています。かつて薬物の泥沼にあえいだ、どうしようもない経験がだれかのお役に立てることに感謝します。

 

HOT DARC PRESS

 

ホットダルクプレス

 

~今年を漢字一文字で振り返る仲間たちの叫び~

アツシ

 今年の一文字に「心」を選びました。理由は、8月にスリップをした時に仲間たちが優しい心づかいをしてくれて温泉に連れて行ってくれたり、肉を食べに連れて行ってくれたり、アイスやお菓子を食べさせてくれ、「これでも食べて元気出して下さいよ」とか色々と心温まる言葉をかけてくれたおかげで、少しずつ元気を取り戻せた事が嬉しくてこの「心」という文字に決めました。これからもクリーンで元気よく過ごしたいです。

 

       マサオ

今年一年を振り返ると色々な事がありました。仲間に刺激を受けて自分の問題を見つめ直そうとスポンサーシップに取り組んでみたりしました。しかし女性の問題が悪化してダルクに入寮するのですが、仲間に暴力を振るってしまいダルクを出ました。その後は、自分の居場所を探して、A型の作業所、B型の作業所と通いましたが人間関係の中で高慢な自分が表れて上手く行かずに居ました。そんな時、責任者に声をかけられ現在は通所しています。先日無事一年のバースディ―を迎えられました。自分ひとりの力では無理だったと思います。問題が出るたびに助けてくれた仲間のお陰です。これからもボチボチやっていきます。

         ヤマ

 自分の今年の漢字一文字は、「一」を選びました。

私は、二週間前に刑務所から出てきて、ダルクと繋がり、はじまりという意味でこの文字を選びました。一という字は、はじまりとも読めます。今は、一ですが来年は、一本増えて二の文字を胸を張って書けるようにクリーンな日々を続けていきたいと思っています。

この一という字を心に刻み込んで日々生活していきたいです。

 

      カツラ

 今年も早いもので残りも三週間で終わろうとしています。出所して二年三ヶ月で薬を止めてみようと思う様になってクリーンが十二月十日で二年です。今は施設に通所しながら回復のプログラムと週に二日から三日仕事にも行ける様になりました。NAの仲間とクリニックの先生方に助けられていると感謝しています。今年は沖縄と北海道で全国の仲間と出会える事も出来て今では未来にも希望を持てる様になりこれからも薬を止め続けられます様にお祈りして回復のプログラムを信仰します。

          ウナ

 一年を振り返って、やっぱダルクの仲間とNAの仲間で何とか生きれているな、と思います。自分はまだまだ未熟でひとりでは、生きれていないなと思う。一度アルコールでスリップしましたが、その後は、元気に過ごしています。 この頃は、読書をする事が多くなり毎日時間があれば、読書をし感性や知識を増やして時間を過ごしていきたいなと思っていて、それが又趣味の変更へと繋がれば良いなと思っています。音楽と読書にコーヒーでひとりの時は大丈夫です。 今年一年の習字は、音にしました。毎日過ごしていくなかで音楽、知識勉強、あまり深くまで知らない自分は、次は立って社会復帰する日を大切にしたくて音にしました。今後ともよろしくお願いします。

 

       アキラ

私はダルクのミーティングに参加する様になって日が浅くまだなじめない事が沢山ありますが、皆さんが真剣に取り組む姿を見ていると私も日一日と確実に前に進んでいる事が実感出来る様になりました。今年は刑務所を出所してマイナスからの出発年であり自分自身の目標が前進の年になりました。進むという字を選んだのは、絶対に後退をする事無く新たな人生を送る為進むと心に誓う意味を込めての事です。薬物使用は過去事これからは前を向き進んで進んでいくという事です。私の好きな言葉に「変毒為薬」という言葉があり、今までの人生を教訓に正しい生き方を学び心を強く持ち二度と薬物に手を出す事のない様努力をします。「月月日日に強りたまえ、すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」と心に決め、真剣に人生を歩んでいきます。

 

スタッフサトシの「最近どう?」

 

皆様こんにちは、今年もアッという間に年の瀬になりました。歳をとるごとに1年が早く過ぎる様に感じるのは、私だけでしょうか?

 

 1年を振り返ってみますと今年は特に沢山の方々にご支援を頂いた様に私は感じました。

 

 先日日頃からお世話になっているナイトケアの大家さん自宅と駐車場に草刈りに利用者さんの仲間たちと行ってきました。皆一生懸命に草をむしり、汚れも気にせず頑張っている姿を目にしました。薬物依存症という病気におちいり、回復の道のりで皆仲間は誰かに助けられた経験を持っています。ご高齢の大家さんの為に出来る事を快くお手伝いする仲間の姿はとても美しいかったです。数日後大家さんからお礼も兼ねお食事にご招待されました。たらふくごちそうを頂きました。体調不良で食事に行けなかった仲間には心苦しかったんですが、美味しく頂きました。また早く草が伸びますように願っている今日この頃です。

 

今年も利用者さんは皆前向きに回復のプログラムを取り組む事ができました。ご支援くださいました皆様ありがとうございました。

 

良いお年をお迎えください。

 


ひらけごま! NO31

 

 OPEN

SESAME

 

         タイトル:夜のとばりに

 

解説:お食事会にて焼肉食べ放題をいただいたメンズたち。けっして一杯ひっかけていい感じになっているわけではありません。ビールではなくウォーターでいただきましたから。この後、タクシーではなく自転車で帰りますから。ネオン街には誘われませんから。そこんとこヨロシク!

 

         HOT DARC PRESS

 

         ホットダルクプレス

 

桜満開の木の下で、お花見をするほろ酔い気分の人たちを横目に、仲間たちは今日も自転車のペダルを踏み込みます。心もちブレーキを多めにキーキー鳴らし周囲を威嚇しつつ向かう先は、そう、ミーティング場!仲間たちよ、この時期は欲求に繋がるものが多いので、気をつけろ!(ダルクではアルコールも気分を変える薬物の一種として考え、禁止です。)

 

           「お初ですがなにか?」の巻  text by ケンタ

初めまして、薬物依存症のケンタです。今回4回目の懲役にして大分ダルクの方に繋がる事と成りました。繋がった理由としては、実の父の死がありその影響で見受けの実母が体調を壊したと聞いています。自分から薬を止めようと決心してダルクの方に繋がった訳ではないのです。なので仲間の皆様とは幾分か志がよこしまな気が正直強く今に至っている訳です。私が薬に手を出したのが18才の時、知人に勧められたのが切っ掛けです。社会人になる頃には、立派な依存症となっていました。23歳の頃にたて続けに逮捕され少年の方に行き今回の4回目の懲役となっているのです。只今20日のクリーンが経ち毎日充実した生活を送っています。母も家族会に繋がり、母自身も苦しい思いをしている事だと思うし、また父の死も無駄にはできません。刑務所のあの日の面会が自分と父の最後となりその時の父の帰る後姿が今も自分の目に焼き付いています。あの日が最後の別れとなった今、頑固一徹だった父が死をもってダルクの方へ俺をげたのかなぁ…・と最近考える事も多々あります。スベル事のシュミュレーションは上手く行き回復のシュミュレーションは失敗だらけと前途多難な今日この頃ですが、良くも悪くもいつも自分を支えてくれる親友、母、子供達、共に歩んでくれる仲間達、毎日が感謝で一杯です。薬物を使用する事で大切な物を失ってしまった人生をダルクに来てようやくかえりみる事も出来、それを気付かせてくれたのも仲間であったりと薬を使い続けていた日々とは180度ちがう温かみのある生活を送ることが出来てます。偽りのない言葉としては、一日先の事は分かりません、恐ろしく心細いのが本心です。コツコツですが、ゆっくり自分に正直に一日一日を仲間と共に歩んで行けたらいいと思っています。以上 ありがとうございました。

 


                     「温泉フローシップ」の巻  text by マサオ 

3月にNAの湯布院ギャザリングに参加してきました。県外からも多くの仲間達が集まりました。久しぶりに会う仲間、初めて会う仲間達と一緒に温泉に行きフェローシップがとれて楽しい思い出が作れて良かったです。

  仲間の話で、自分自身の問題と向き合う事が出来るようになりました。自分の生き方を変えようと最近スポンサーとステップワークを始める事が出来ました。自分の病気の部分に気付いても同じ事を繰り返しています。まだまだ病気全開ですが、少しずつでも変えていけたらと思います。


          「BBQにて」の巻  text by うな

こんにちは、皆さんお元気ですか? 早、私がダルクに入寮して7ヶ月が経ちました。日頃の生活から、ご心配、ご迷惑をお掛けしておりますが、私としては心も晴れ頑張っています。 今日、12人程の人数でBBQに参加させていただきました。ダルクに入寮して、くじけないを教えていただき、男としてBBQのお肉を食べれた喜びに感謝と感激をしています。皆さんこんな私より大きな方々で、くじけそうになっても男を支えてくださる思いに、心からおいしくお肉を食べれました。 こんな私は、深い所は何も分かっていないピュアな心の持ち主です。教えて頂ける事があれば真面目に対応させて頂きたいなと思っておりますので、フォーラムやコンベンションでお会いできましたら、宜しくたのんます!


                    「1歳になりました」の巻 将門

 大分にたどり着いて一年が過ぎました。この一年で私の何が変わったのだろうか、雨の中、風の中毎日のようにデイケアやNAに通い続けました。それも自転車で。そういったストイックな生活を続けた結果は、未だにミーティングは好きになれませんが、ただ以前より健康になったような気がします。大分ダルクでのプログラムは、ミーティングと体力づくりの2本立てです。そして私は新しい一歩を踏み出しました。退寮に向けてアルバイトを初めました。まったくの新しい試みです。自分の出来る範囲の仕事を選びました。体力の続くかぎり前進して行こうと思います。大分に来てから続けている事が一つあります。オフの日には、ナイトケアから別府までサイクリングをします。目的は温泉に入る事、また帰りに海辺の公園で瞑想をします。とても落ち着きます。この一年続けています。暇潰しと気分転換を兼ねてのサイクリングです。今までは、何処に行くのも車、これでは身体が弱る一方で、このタイミングで大分にこれたのは、すべての意味でハイヤーパワーの導きなのでしょう。大分の地に根を張るつもりで、汗をかいて行こうと思います。

 


大分ダルク活動写真集

毎年恒例ナイトケア餅つき

某ホテルにて新年のお食事会!晴れ着姿のスタッフさんとパシャ!!

新年カラオケダルクOBも参加!誰も唄聞いてないなぁ・・・


 WRAP×DARC!体験レポート

 

4月9・10日の2日間、「WRAP集中クラスin大分」を大分ダルクにて開催しました!県内外からリカバリーに関心がある方々を中心に10数名の参加の中でダルクスタッフ2名も参加させていただきました。「元気を回復」「自分らしくいられる」に向けて、意見を出し合い、自分自身のプランを作るというこのプログラムは、「経験を分かち合う」ダルクプログラムにも通ずるところが多々あり、依存症からの回復にも大きな力となると感じました。

 

注)WRAPとはWellness Recovery Action Plan(元気 回復 行動 プラン)の頭文字をとったもので、アメリカの精神的な困難(躁うつ病)を経験したメアリーエレン・コープランドさんを中心に色々な人の力で育てられてきている「自分が元気でいるために、自分自身が作るプラン」です。

 


             スタッフサトシの最近どう?

最近、新しい仲間の入寮、仲間の自立に向けての退寮と日々環境が変わっている大分ダルクであります。

桜の花の咲くこの季節、気がゆるーくなっている事も多い私です。ここだけの話ですが、今もなお寮で利用者さんと共に生活をしているのですが、私の部屋がいつも一番ちらかり片付いていません。昔から部屋を片付ける事が苦手と言うか出来ないと言うか、、、、、先日、突然利用者さんが私の部屋を覗き込みました。そこで、一言「やりっぱなしですね」と、え!私なりには、片付いている方だと思っていたのに、心は軽く砕かれました。少し不機嫌になりつつも、気合を入れて片付け直しました。ヨッシャ、終わったぞ、その後、用事も無いのに利用者さんを部屋に呼び見せつけました。どや!みたいな感じで。しかしチラ見しただけで無言でした。「片付きましたね」の一言まちの私の心はまた軽く砕かれました。こんな感じで自爆を繰り返しています。正直な利用者さんは恨めません。ついついコントロールは、したくなりますが()。片付けさせてくれてありがとう。それから二日後には、元のやりっぱなしの部屋に戻ってしまいました。今では誰も近寄せない私の部屋、けして、危ない事や怪しい事をしているのではありません。只々やりっぱなしの部屋を覗かれ裁かれたくないだけなんです。 最近新たな自分発見しました。先日不燃物ゴミの日にフライパンをゲットしました。ゴミ出しに行った際見つけてしまい持ち帰ってしまいました。その日から不燃物ゴミがお宝に見えてきてしょうがありません。踏み入れてはいけない世界に入ったのかなぁ?あと一年もすれば大分ダルクナイトケアは、ゴミ屋敷になっているかもしれません!次の不燃ゴミの日は何時だ(;一_)  誰か今の内に止めてください。これでもスタッフのサトシ。


                 ごあいさつ      昨年11月宮崎ダルクフォーラムにて→

OPEN SESAME!をご覧下さっている皆様、いつも大分ダルクをご支援下さり、ありがとうございます。桜の花も見頃を迎え、ずいぶんと過ごしやすい季節になりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

  大分ダルクでは1月に沖縄ダルク20周年フォーラム、3月に毎年恒例のNA九州エリア湯布院ギャザリングなどに全員で参加しました。もちろん、日々のダルクプログラムは欠かしませんが、県外の仲間たちと知り合い、分かち合うことは、依存症からの回復にとてもいい効果があります。また今年は9月に北海道でNA日本リージョナルコンベンションが開催されます。日本全国のみならず、海外からも仲間が集まるこのイベントに、全員での参加を目標に、皆少しずつ積み立てをしています。

 4月から新しい年度に変わりましたが、毎年この時期は行政機関の異動の時期でもあり、いつもお世話になっている方々とのお別れの季節でもありますが、今年は幸い、今大分ダルクに熱心に関わって下さっている方々の異動はなかったようで、ほっと胸を撫で下ろしております。今年度も引き続き、大分ダルクをよろしくお願い致します。

 そして、お別れという事では今年の2月に大きなお別れがありました。中部地方の4ダルクを創設され、長年、仲間の傍らでメッセージを伝え続けて下さっていたケンさんこと外山憲治さんが217日に闘病の末、天国に旅立たれました。個人的には、大分ダルクの責任者をさせて頂くことになった2010年ころから、いつもテンパっている自分を気にかけて下さり、突然ふらっとセミナー会場に来て下さったり、フォーラムでお話をして下さったり、その時々でとても勇気と安心をもらいました。2年前には九州の仲間たちと共にハワイの旅に誘っていただき、ミーティング場からレストランやショッピング、ドライブまで連れて行って下さいました。ホテルが同じ部屋で、色んな話を聞いて下さり「あれだ、キンゾーも俺とおんなじで変態だ!」と笑う姿に、とても癒されたのを覚えています。回復を続けていて良かった、そう心から思えた忘れられない思い出になりました。ケンさん、今まで本当にありがとうございました。どうぞ安らかに。

 

 

 大分ダルクも新年度をスタート致しました。新しい仲間も増え、毎日「今日一日」のプログラムを実践していますが、これも、皆様のご支援のおかげと感謝いたします。引き続き、今年度も大分ダルクをよろしくお願い申し上げます。

 

                                                特定非営利活動法人 大分DARC

施設長   鈴永 貴博

 

 


      

     活動報告

 

 

1月

 

1~3日  お正月プログラム

 

15~17日 沖縄フォーラム 参加

 

20日  大分保護観察所フォローアッププログラム      

 

23日  大分スマープ 参加

 

26日 WRAPプログラム 参加

 

27日  大分スマープ 参加

 

29日  松岡小学校 講演

 

 

 

2月                        

 

8日  発達障害講演 参加

 

10日  ブレインジム研修 参加

 

17日  大分保護観察所フォローアッププログラム

 

13日  大分スマープ 参加

 

23日  WRAプログラム 参加

 

24日  薬物問題関連連絡協議会 講演

 

27日  大分スマープ 参加  

 

 

 

3月

 

 

 

4~6日 湯布院ギャザリング 参加

 

 9日  大分帆が観察所引受人会 参加

 

11日  庄内町保護司会 講演

 

12日  大分スマープ 参加

 

16日  大分保護観察所フォローアッププログラム

 

22日  WRAPプログラム 参加

 

 ※月間スケジュール

 

第1月曜日     河村クリニック メッセージミーティング

 

第2・第4火曜日  大分刑務所 薬物離脱指導

 

第1土曜日     河村クリニック 家族教室

 

月一回程度     豊州保護会 メッセージミーティング

 

毎週金曜日     レクリエーションプログラム

 

毎月1回       食事会

 

活動予定

 

4月 

 

9日    大分スマープ 参加

 

9~10日 WRAP集中クラス 参加開催

 

13日    亀川修道院 草刈り奉仕作業

 

20日    大分保護観察所フォローアッププログラム

 

23日    大分スマープ 参加

 

26日    WRAPプログラム 参加 

 

        共同募金会 感謝の集い

 

5月

 

14日    大分スマープ 参加 

 

18日    大分保護観察所フォローアッププログラム

 

24日    WRAPプログラム 参加

 

28日    大分スマープ 参加

 

6月

 

11日    大分スマープ 参加 

 

14日    大分大学 教育福祉科学部 講演

 

15日    大分保護観察所フォローアッププログラム

 

25日    大分スマープ 参加

 

28日    WRAPプログラム 参加

 

大分ダルクホームページ&ブログアドレス

 

                  昨年、リニューアルし日々の活動をぼちぼち更新しています!

                     「大分ダルク jimdo」で検索

 

                    Facebookもやってます!よろしければどうぞ!「大分ダルク」で検索

 


 

     感 謝

 いつも大分DARCをご支援くださりありがとうございます。大分DARCは皆様の温かいお心によって運営されています。ここに12月16日から4月8日までに献金・献品をいただいた方々をご紹介させていただきます。

 

◎木部眞理子様 ◎一般社団法人SWライフ 首藤和彦様 ◎阿部亜麻子様 ◎貝塚光男様 ◎藤川洌様

◎潔き聖母修道院様 ◎阿部美喜雄様 ◎岡本典子様 ◎鈴永恵子様 ◎NPO法人星座オリオン 佐藤紘造様

◎春木博信様 ◎河村クリニック様 ◎田渕浩之様 ◎徳田靖之様 ◎吉坂興一朗様 ◎佐藤義朗様 ◎髙木利博様 ◎田口大輔様 

◎後藤宏一様 ◎後藤ミヨシ様 ◎植山茂宏様 ◎植山朋代様 

◎その他匿名希望の方々

 

献品をいただいた方々

●河村郁男様 ●吉川英治様 ●一般社団法人SWライフ 首藤和彦様 ●鈴永恵子様 

●中嶋龍生様 ●坂本時裕様 ●藤吉一城様 ●菅洋司様 ●その他匿名の方々

                                 (順不同)

 

 

☆全てのお名前をチェック致しましたが、万が一記載漏れ・誤字等がありましたらご容赦下さい。

 

☆作業簡素化のために全てに振込用紙を入れておりますが、強制的なものではありませんのでご了承下さい。

 

また、匿名を希望される方はお手数ですがその都度、その旨を通信欄にお書き下さい。

 

 

 

 

カンパ・献品のお願い

 

 

 

大分ダルクを支えて下さりありがとうございます。

 

近く自立に向けて退所、一人暮らしを予定している仲間がいます。もしご不要になった生活電化製品・家具等がございましたらお譲りいただければ幸いです。また施設内で使用している冷蔵庫も調子が悪くなってきており、家庭用の中~大型冷蔵庫、お米・食品等、お譲りいただければありがたいです。

 

いつもお願いばかりで心苦しいのですが、継続的なご支援を引き続きお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記

 

元プロ野球選手の覚醒剤事件で薬物依存症の事が取り沙汰されています。刑罰よりも回復が必要という事がもっと周知されればと思います。今の環境に感謝して…

 

今度とも皆様応援宜しくお願いします。(藤川)

 

 

 

 

 

 

 

 

 



ひらけごま! NO30

 OPEN

SESAME

 

タイトル:たまには真面目に…

 

解説:11/14に開催された大分ダルクセミナーにてパネルディスカッションのひとこま。各方面でご活躍の先生方が熱く思いを語って下さいました!講師の先生方、ご来場下さった皆様、ありがとうございました!

 

 

HOT DARC PRESS

 

ホットダルクプレス

 

も~い~くつね~る~と~お~しょ~お~が~つ~♪ってな感じで年の瀬も押し迫って参りましたが、この時期、キラキラした街にあふれる酔客を巧みな自転車さばきでかわしながらNAに向かう仲間たち。美しいな~。そんな仲間たちの今年一年を振り返った漢字一文字&叫びを聞いちくり~!!

 

 

一年を振り返って  仁

 今年ももうあと少しで過ぎ去ろうとしています。今年一年は、本当に大分の仲間やダルクの仲間に出逢えてよかった。自分が大きく成長出来た一年だったと思います。やる事すべてが身になりました。こんな充実した生活が出来た事に感謝したく思います。今えたものを力にして次なる目標を目指して日々出来る事から、行動に変えていける事を願います。今年一年俺と出逢いかかわってくれた人達にありがとうと心から思っております。

 

 ←実りの多い一年でした。

 

 

 

 

一年を振り返って 将門

 大分に来て、約一年。私は何をやって来たのだろうか、雨の日も風の日も自転車に乗ってデイケアとNAに通い続けたものの、何も掴めなかったような気がする。家族との関係の修復などの問題を棚上げしたまま、終わろうとしている。しかし、希望だけは捨てずに、新しい年を迎えたいとおもいます。

 

 ☚1からではなく0からの出直しと言うことで、零を選びました。

 

 

 一年を振り返って カツラ

NAミーティングに足を運ぶようになって一年になり、薬物を止め続けてみようと思ってから一年、今思うと早いもので、一年も薬物を使わなかった事が奇跡に思います。

この先何年何十年と薬物を止め続けられるかと思うと正直不安になりますので今日一日薬物を止められますようにと祈っています。薬物を止め続けることができているのもNAの仲間ダルクのスタッフ、クリニックの先生方に支えられていることに感謝しています。

 

←今年は学ぶ事が沢山あった一年でした。

 

 

一年を振り返って マサオ

 ダルク、NAを離れ仕事をしていたが何をやっても楽しめずにいました。

持病の腰の状態が悪く仕事も休みがちになり酒の量も増えていき、自暴自棄になり薬に手をだしてしまい、どうにもならなくなり大分ダルクで再びプログラムを受けています。

 

 ←「楽」は、薬なしでの楽しく生きる事です。

 

 

 

 

 一年を振り返って ボンベ

ダルクに繋がって2年が経ちました。繋がる前は、お米も研げなかった僕が、今では一人暮らしをしようとしています。僕はグータラで、実家から出る気はありませんでした。実家では洗濯やごはんの用意もしてもらい、朝も起こしてもらっていましたが、今では、一人暮らしです!僕は一城という名前で、一国一城という意味で名前を付けてもらったのでやっと、初めての城を持つ事が出来そうです。

 これで自由だ!!っと、気を抜かずにボチボチやっていきます。

←自分の城!

 

 

 

一年を振り返って ウナちゃん 

 はじめまして、うなちゃんです。今年5月26日に刑務所を出所しました。9月からダルクでお世話になっています。以前は薬物、アルコール、ギャンブル、女性とさまざまな依存症の元をいっぱいして、今にいたります。 クリーン期間は刑務所をふくみますが、3年10月以上、辛抱しています。確かに以前は、ひまがあれば、薬物、アルコール、ギャンブルしてきましたが今の私は、心を一新して、気合で欲がでても環境に感謝をして頑張っています。 なにかと、心配や目立ちたがりな性格でご迷惑をお掛けするとは思いますが、共にクリーンになりたいと願っています。なにとぞクリーンを頑張りませんか?作文おわりの一言コメント「二度と刑務所いってくるっかー」。それでは(^_^)/~。   ( 次〟こそは、嫌な事をして刑務所や人のご迷惑にかからない様にと願いを込めて。)

 

年末のごあいさつ

 

 年の瀬も押し迫ってまいりましたが、OPEN SESAME!をご覧くださっている皆様はいかがお過ごしでしょうか。

大分ダルクは日頃の回復プログラムに加え、クリスマス会や餅つき大会などのレクレーションも増え、仲間たちも練習や準備に忙しくしております。

さて、今年もあと数日で一年が終わろうとしております。この一年を振り返ると、アッという間に過ぎてしまい、何をしたかな?と考え込んでしまいます。しかし大きな事故もなく過ごせたことは、何よりの収穫、ギフトだと思います。

4月にはデイケアセンターを移転し、新たな拠点で活動を始めました。入所の仲間たちは自転車で通うようになり、アパートから通所する仲間も少しずつ増えてきました。相談業務や関係機関との連携もしやすくなり、ここでの活動が永く続いていくことを願っております。

また先日、開催した大分ダルクセミナーには県内外からたくさんの方にお越しいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。今後も私たちに出来る活動・情報発信を続けていきます。

最後に、前号でもお知らせしておりました、グループホームの自動火災報知設備の設置工事が完了しました。これにより、入所する仲間たちにより安全な場を提供できることと思います。

振り返ってみると、バタバタしながら何かと変化があった一年だったと思います。いいニュースもたくさんありましたが、以前、共に回復の道を歩んだ仲間の死や、刑務所に収監された仲間など、残念なニュースもありました。ありのままを受け入れる事を学び、生かされている事に感謝します。

 今年一年、大分ダルクを見守っていただき本当にありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願い致します。

 

 

NPO法人 大分DARC

施設長   鈴永 貴博

 


ひらけごま! NO29

 OPEN

SESAME

 

タイトル: おりの中から…

解説:最初に言っておきますが、これは某サファリパークのジャングルバスの中のワンショットです。決して護○車ではありません。待っているのは刑○所ではなくライオンちゃんたちです。夢と希望が詰まってます。あしからず。さぁ、オープンセサミ29号、出発進行!

「再び大分の地」の巻  

こんにちは、アディクトの仁です。大分ダルクに入寮して、ずいぶんたちました。渋谷を後にして熊本に行き、そして10日間覚醒剤の再発をして、命があり大分にたどり着きました。今年正月大分での再出発、心も身体も使用した原点に戻り一からやるだけの準備が出来るまで幾度となく繰り返しただけに、ちゃんとやれるか少し不安もありましたが、順調にスタートを切る事が出来ました。東京や横浜と違い多くても10人位で共同生活、午前午後のプログラムと夜はNAへと足を運び続ける日々が始まり、意外とやんちゃせず今まで上がり調子でやって来ました。最初は、ビシッとして皆やっているので気が少し疲れたりもしましたが、段々慣れていき長年養って来た信仰心も再び取り戻す事が出来ました。大分では午後のプログラムに筋トレを取り入れたりウォーキング、ステップワーク、レクとミーティング以外の事をやっています。特に週3の運動は、健康の為に心も鍛えられているように思います。なかなか形に入らないタイプだと思っていましたが、今は義務感もあり仲間と分かち合いながら小さくまとまっております。熊本を出る前に前のスポンサーと距離がありなかなかスポンサーシップが取れなくなって来たので、スポンサーと相談し近場の仲間にスポンサーを変えました。今は、新しいスポンサーと週に一回2時間程、曜日を決めて一週間の振り返りとステップワークのセットで分かち合って貰っています。今の生活と今の自分が結構好きになっています。前回スリップしてから今までほとんど欲求もなく過ごせていて、この調子が続けばと、やる事だけやって行こうと思っています。自分は自我が強く我が道を行くタイプです。今大分でもそんな自分を受け入れてくれる代表やスタッフ、仲間には感謝したいと思います。そして近くのクリニックで、隔週でWRAPと大分スマープ等の勉強会もやっており、すごく楽しく取り組んでいます。今人生で使う前の頃のよう心がワクワクして生きており、これから益々前進して行きたく思います。大分の土地は初めてじゃないけど、今この土地で回復の道使わない道を歩んで行こうと思います。関東、九州と行ったり来たりしているので、知り合いの仲間も増えていき幸せ者だと思っています。大分ダルクに感謝して、今日はこれまでとします。

時節柄、御自愛專一の程を。 


    

「就職への道」の巻  ボンベ

 

 気付く事 自分を大切にする事 

依存症のボンベです。9ヵ月間バイトを続けましたが、一人暮らしに向け正社員で仕事を探す事になり、ダルクに繋がる前に10年間していた旋盤という機械を使う仕事を探していました。僕は、10年間していた事や僕は職人だ!みたいな自信やプライドがあり、また楽勝で出来ると思っていました。ハローワークで探していると、必要な経験等の欄に同業務経験者とあり、これだ!と思いました。従業員は7人の町工場でした。面接に行くと旋盤作業を10年間していた事、僕が以前にしていた作業内容等を話し採用をしてもらいました。本当に嬉しかったです。けれど不安もいっぱいでした。初日は、職場、人、作業にうまく馴染めるか本当に緊張しました。朝は、1時間前に職場に行き、やる気満々でした。仕事が始まる前に、社員の方と話をしました。以前はどんな仕事をしていたのか、この作業は出来るのか等聞かれました。正直に話をすると、「こんな作業も出来ないのか?以前にやっていた作業は初歩だぞ!」と言われました。10年間していたので自信もプライドもあったので、わかってないな、僕は出来る!と思っていました。いざ、仕事が始まり機械の説明を受けて図面を見ると全然わかりません。聞きに行くと教えてはもらえましたが、社員の方は60歳をこえている職人で、職人は、なかなか教えてくれない事は経験してわかっていた事なんですけど、旋盤していたんだろう?って感じでなかなか教えてもらえませんでした。2日目の作業内容はさらに難しくなり全然やった事がない作業でした。「わからない」と言うと「やった事が無いの?ここは、町工場で人数も少ないから忙しくなったら付きっきりで教える事は出来ないぞ。旋盤していたのだろう?面接の時に話さなかったのか?」と言われました。確かに僕は10年間旋盤をしていました。けど以前の製品とは違っていて作業内容はまったく別でした。そんな事は最初からわかっていたはずなのに、僕はただ旋盤が使えるだけだな、なんか出来るって条件で入ったのに嘘をついてるみたいだなぁ、自信もプライドもボロボロ、気分は最悪です。ダルクに繋がる以前に旋盤をしていた時もプレッシャーが大きくなって仕事に行きたくない薬物を使ってごまかし結構夜中まで使って、朝電話して休む事を繰り返していた当時の辛かった気持ちが蘇ってきました。仕事を辞める事は本当に悔しいし、どこに行っても一緒とわかっていても自分がつぶれてしまいそうな感じになりました。相談をして、今回気付た事、自分を大切にする事を教えてもらいました。昔の感情や忘れがちな自分がアディクトである事、生きづらさ、色々と気付く事が出来ました。自分を大切にして、これからも回復に向かって頑張っていきたいと思います。

 

 

 

焦らずに」の巻  ケンジ

依存症のケンジです。

 

僕は今年の2月まで岐阜ダルクに約1年間いました。しかし仲間とのトラブルで酒でスリップをしてしまい、ダルクを2回飛び出しました。岐阜での生活も最初は慣れずにいましたが、半年もすれば慣れてきてNAのサービス(セクレタリー・司会)をするほど回復していました。体力面でも100キロ近くあった体重が60キロまで減量し、運動プログラムも必死に取り組んでいました。疲れない体になっていました。何もかもが順調に進んでいると思っていた矢先のスリップで自分でもショックでした。ダルクのお金を盗んでは酒代やマンガ喫茶代にしました。ダルクに戻るのも怖かったです。受け入れてくれるのか不安でしたが、結局降参して戻りました。すると先行く仲間の提案で「君は大分に行きなさい」と言われました。内心「何でだよ」と思いながらも荷物をまとめ大分に行く準備をしました。大分行きのバス乗り場までスタッフに送ってもらい、スタッフが帰った途端僕はためらうことなく受付でチケットを払い戻し、酒を飲みフラフラさまよい野宿をしました。どうしようもなく一度精神病院入り、次は大阪の精神病院に入り、そこのケースワーカーの提案で大分ダルクに行って下さいと言われ大分ダルクに来ました。しかし、1週間くらいでまた逃げました。精神状態も悪くなり精神病院に1ヵ月入院しました。退院後、大分ダルクに戻りましたが1日足らずでまた飛び出しました。2日ほど野宿をし、救急車を呼んで「具合が悪いから病院へ連れて行ってくれ」と言い、また精神病院に入院することになりました。この入院は3か月でした。途中、また病院を飛び出し役所に行き「一人暮らしをさせてくれ」と、もう自暴自棄になっていました。入院中、トイレの中で叫んでは、この先自分ではどうすればよいのか全くわかりませんでした。しかし幸運なことにケースワーカーさんが大分ダルクの代表に連絡を取ってくれ面会に来ていただきました。緊張もしましたが、代表の顔を見ると何故かホッと安心しました。退院先をどうするのかすごく迷っていました。しかしこんな自分を代表は「受け入れるよ」と言ってくれ、そこでもう一度ダルクに行ってやり直す決心をしました。再びダルクに戻って最初は仲間も変に気を遣ったり遣われたりもして変な感じでしたが、どうやら今回は自分もとことん底をついて降参しているのか、ダルクのプログラムの必要性を感じています。先行く仲間たちにも「受け入れているよ」と言ってもらい、今は頭がグルグルになりながらも毎日プログラムを受けています。仲間や代表、スタッフの方には本当に感謝しています。僕は焦りやすいので、今日一日でぼちぼちやっていきます

 

 

OPENSESAME!をご覧下さっている皆様、いつも大分ダルクをご支援下さり、ありがとうございます。9月に入り、急に涼しくなってきましたが体調を崩されていませんでしょうか。

最近、ラグビーワールドカップにおいての日本代表の活躍が注目されています。日本ではマイナースポーツとされているラグビーですが、日本代表が強豪南アフリカを破り「歴史的勝利!」「史上最大の番狂わせ!」と取り沙汰され、ラグビーファンの私も深夜のテレビの前で絶叫しました。大分駅前の広場でもパブリックビューイングが開催され、とても盛り上がっています。今後の日本代表の活躍に期待しつつ、ラグビーというスポーツがもっと普及されればいいなぁと思うこの頃です。

 さて、夏がアッと言う間に過ぎました。今年は7月にNAジャパンのコンベンションが福岡で開催され、初めての九州開催ということもありメンバー全員で参加しました。また皆それぞれ役割を担い、テンパりながらも一生懸命サービスをする仲間たちの姿がありました。回復と成長の機会に感謝します。また私自身、施設長の職をさせていただき今年で5年が経ちました。先日9月14日、前施設長ベンツさんの命日には、仲間たちとベンツさんが好きだった海に行き手を合わせました。残してくれたものの大きさと、この5年間たくさんの方々に支えていただいたことを改めて実感しました。支えて下さっている皆様に心より感謝申し上げます。

 また、チラシを同封させていただきましたが、11月14日に大分ダルクセミナーを開催いたします。講師にオフィスサーブの安髙真弓さんをお招きし、薬物問題を抱える人たちへの支援や家族支援についてご講話いただきます。また後半のパネルディスカッションでは、県内の様々な立場の方々にご参加いただき、薬物問題についてディスカッションをしていただきます。支援者やご家族の方のみならず、ご興味のある方は是非ご参加下さい。

 最後にいつもながらですがお願いです。先日、当グループホームに消防局から指導をいただきました。消防設備に不備があり改善をしないといけないのですが、施設建物の老朽化もあり大規模な改修が必要とされております。3年ほどの経過措置が設けられておりますが、いずれ近い将来に対策を取らなければならない課題です。改修工事には100万円以上かかり、自分たちだけではどうにもならない問題になっており、皆様のご支援を頂きたくお願いをさせて頂きたいと思います。いつも、お願いばかりで心苦しい限りですが、なにとぞお願い申し上げます。

 今後とも大分ダルクをよろしくお願い申し上げます

NPO法人大分DARC

 

施設長  鈴永 貴博

ダルク写真館

自助グループのコンベンションでの飾り付け!皆、真剣に作業してます。福岡国際会議場での設営も行いました。

講演&イベント(食事会の後登山)の一コマです。



ひらけごま! NO28

 OPEN SESAME

タイトル: このドアの向こうに… 解説:あなたはこのドアを開ける勇気がありますか?何やってる所かよくわかんないし、筋トレ道具とか置いてあるし、よく見たらなんか犬がジーって見てるし…。だけどご心配なく!このドアの向こうにはあります!愛が!新しくなった大分ダルク、勇気をもってOPEN SESAME!


 

「行ってきます」の巻

薬物依存症のヤマです

 前刑の出所からわずか一年二月で再犯、これで四度目の薬物による逮捕です。留置所での面会の時、パートナーからダルクの事を聞きました。拘置所に移り、オヤジ(担当)にダルクの本を探してもらいました。「拘置所のタンポポ」のカバーには「のりピー、うちにおいでよ」とやさしく書いてありました。読み進んでいくうちに、依存症についてわかり易く、私にもわかるように書いてあり、ほぼ全てがあてはまることに次の言葉が見つかりませんでした。ダルク宛に手紙を書きました。パートナーが施設長に連絡を取ってくれ、面会に来てくれました。私は胸が熱くなり、いろいろなことを一方的にしゃべっていましたが、その時「ぼくも中に入ったこともあるし、わかるよ」と、その短い一口で何だか救われたような気持ちになりました。その後、ダルクの方の協力があり奇跡的にも保釈がききました。公判、判決までの間は、ダルクのミーティング、NA、レクレーションや行事に参加させてもらいました。初めの頃は「仲間」という言葉が素直に言えませんでしたが、少しずつ照れながらも言えるようになりました。今まで人に話すことができなかった事が此処では普通に話すことができました。他県の仲間のクリーンバースディを祝う為に仲間たちと車に乗って行ったり、帰りにラーメンを食べたり、花見、バーベキューと短い期間中に数多く、仲間とふれあうことができました。私にとっては、このような仲間に出会うことができたということが何よりも多大です。

約50日間の保釈期間も終わりました。ダルクやNAでたくさんの仲間ができました。仲間との再会を励みに務めに行ってきます。

 

 

「小学生以来の…」の巻

薬中の将門です。大分ダルクに辿着いて4か月が過ぎました。昨年の11月に本命のクスリを再使用してしまい、心機一転、イチからやり直す覚悟で九州の地へやって来ました。

去年の11月の時点でクリーンタイムが4年程ありました。関東のダルクで職員として働きながら、自身の回復の為に仲間のサポートを一生の仕事と決めて、自分なりに一所懸命に取り組んできたつもりでした。後になってわかるのですが、自分のアディクションが治ってしまったとある時期から思い込んでいたように感じます。大きな勘違いでした。危険な場所に近づき、永いこと封印していたギャンブルも行うようになり、何よりも多忙を理由にミーティングに出なくなりました。以上の3点が私の再発の引き金だったようです。今回のリラプスで初めて仲間に助けを求めました。オーバードーズの一歩手前まで行き、命が惜しくなり先行く仲間に電話をかけました。その仲間の手助けがあり、大分ダルクに辿り着いた次第です。

今は毎日、自転車でNAに向かうなど健康的な日々を送っています。私を受け入れてくれた大分の仲間たち、命を助けてくれた関東の仲間たち、皆に感謝です。

しかしイチからやり直すと言ってもなかなか難しいものです。自分の中に巣食う変なプライドがあったりで心の整理をつけるのが手間取りました。まず、健康になることを念頭に、ダルクのプログラムには積極的に参加しています。筋力トレーニング、ウォーキング等、私には苦手な分野ばかりでした。でも今は体を動かすことが楽しくなってきました。中でも生活上の足である自転車は実際に乗るのは小学生以来です。最初は嫌だった自転車でしたが、今は隣町の別府にある温泉まで休日ごとにサイクリングです。潮風を受けてのサイクリングは気持ちよく、気分転換には最適です。現在のテーマは再生です。

 

アタラシイデイケアハコンナカンジ!



ひらけごま! NO27

 OPEN SESAME

 

「あせらない×2」の巻 ボンベ

依存症のボンベです。ダルクに来て11月21日で一年を迎える事ができました。

バースデーにもたくさんの仲間にお祝いして頂いて色紙もたくさんの仲間に書いて頂いて本当にたくさんの仲間に支えてもらっているんだなって思いました。ダルクに来る前は家族と薬物の話をする時は、話すのが嫌で逃げていましたし友達にはウソをついていました。

けど今は、仲間に薬物の話、自分の問題やとらわれている事や色んな事を話す事が出来るようになりました。本当に仲間と出会えてよかったです。11月からは、アルバイトも始める事が出来ました。最初は、何度も面接に受からなくてアルバイト出来るのかなって調子もどんどん悪くなりました、ですけど、どうにかガソリンスタンドでアルバイトを始める事が出来ました。週4日1日5時間で入っていて、けっこうバテバテです。僕は疲れが溜まってきたりすると余裕が無くなってしまって、自己中心的になってしまいます。この前もアルバイト中にミスをしてしまいとらわれて、直ぐにでも帰りたいなって思っていました。やっと店長さんに「あがっていいよ」と言ってもらって帰る準備をしている時、社員さんに仕事を頼まれ「もうあがりなんです。」と言ってしまいました。直ぐに、しまったと思い「すいません」と言って頼まれた仕事をしたんですけど、なんであんな事を言ってしまったのだろうと、またとらわれてしまいました。なかなか病気はまだまだ深いなと思いました。けど、その日あせって車の窓を拭いている時に副店長さんは、スイスイ窓を拭いていて「あせらない、あせらない」と一休さんみたいな笑顔でフォローしてもらいました。その時あせっていた気持ちが楽になりました。これからも「あせらない、あせらない」今日一日あせらずにやっていこうと思います。



「ラストチャンス」の巻 たか


 初めまして、私は今回初めて大分ダルクと言う施設に入寮させてもらい、現在日々ミーティングやNAというプログラムなどを受けながら生活をさせてもらっています。今回ニューズレターというものを初めて書かせてもらうのですが、何を書けば良いのかあまりわからずにいます。今回は私が薬物を覚えたきっかけそして薬物をやめたいと思ったきっかけを書かせてもらいます。初めに私が薬物をするようになったきっかけというのは、子供の頃入っていた暴走族チーム私がその頃一番好きだった先輩が知らない内に薬物に手を出しており私も初めは、覚醒剤という薬はとても悪い薬だと当時テレビ等で見て知っておりました。私は先輩に会うたびに、もう薬はやめたね?したらいかんよ!!等と言っていました。その時、先輩からお前が一回これを使ってそれでも俺に薬をやめてくれと言うのなら、今すぐやめてやると言われました。私も先輩に対し、じゃあ一回打ってみてよと私から腕を出し打ってもらったのです。それが私の薬物デビューとなってしまいました。それからは、暴走族の走りがある時には必ずその先輩から打ってもらい、何も怖い物がない心と気合を入れていた事が始まりです。それからどんどん歳をとって21歳で刑務所デビューをしてそれから、44歳になるまでの間、私と薬物は、切っても切れない仲になってしまいました。今まで6回刑務所生活をしましたが、6回目の刑務所生活で初めて、このままでは、やばいという心が生まれました。5回目の刑務所生活までは出所したら、その日の内に薬物に手を出し捕まる前と変わらぬ生活をしていました。6回目逮捕された時にまず警察の留置所の中で私の後に入って来た人を見て、その人を悪く言う訳ではありませんが、正直、やばいと思ったのが始まりです。その後刑務所に入っても同じ様な人達を一人二人見る内に私もこの人達と同じ様に見られたくない、そして今回の刑務所で生活していた時に、私の母から届いた手紙に兄弟は皆貴方と縁を切れと言うけれど、私は貴方を最後まで見捨てたりはしない…と書いてあった文面を読みました。それこそ、今までで一番私が薬物をやめようと思ったきっかけとなりました。私も今では何事もきっかけに始まりきっかけに終わると思います。今の気持ち、心を忘れず、もう一度人生の生まれ変りをしていきたいと思います。ラスト・チャンス!!